読書ノート / アジア史
 韓国人学者が韓国人に語る韓国現代史
2011/12/13
 倒れゆく韓国 韓洪九の韓国「現在史」講座 amazon
編・著者  韓洪九/著 米津篤八/訳
出版社  朝日新聞出版
出版年月  2010/10/20
ページ数  398 
判型  19 x 13.6 x 2.4 cm
税込定価  2625円 
 韓国の現代史学者による韓国「現在史」(1945年の植民地解放から2008年のキャンドル集会まで)の講義集の翻訳です。第9章は、盧武鉉(ノ・ムヒョン、노무현)前大統領追悼の日本講演録ですが、第1章から第8章までは、韓国人(おそらく一般社会人)を対象とした講義録です。
 講義は、毎回さまざまなテーマを題材に、現代史を振り返ることにより、韓国の現在の社会・政治状況を検証しています。つまり、時系列に歴史を語るという形式ではないので韓国現代史のおおまかな流れを知らなければ少し混乱してします。また、韓国人を対象にしているため、韓国社会についての前提知識がなければ、始めは少し取っ付きにくいかもしれません。 
 たとえば、「運動圏」(民主・統一を求める在野勢力)、「日帝」(日本帝国主義)、「日帝強占時」(日本による殖民統治期)など聞きなれない言葉が出てきて戸惑います。
 なお、「親日派」とは、「日帝強占時」に「日帝」に協力した韓国人のことを指します。日本や日本人に親近感を持っているかどうかを問題にしているのではないようです。この点について本書(24〜25ページ)では、次のように説明しています。    
 さらにわたしたちは独裁政権下で、自由主義は非常に悪いものだと習いました。特に朴正煕(パクチョンヒ)〔一九一七〜七九。第五代〜九代大統領。一九六一年に軍事クーデターで権力を掌握し、六三年に大統領に就任、七九年に側近の金載圭(キムジェギュ)によって射殺される〕の時代に、自由は放縦だと教えられました。「北傀(プッケ)」〔「北の傀儡(かいらい)」の意味。かつて韓国では朝鮮民主主義人民共和国をこう呼んだ〕がいついつ攻めてくるかわからないのに、自分勝手にばらばらになっていたら、どうやって戦うのか、強力な指導者の下で国民が一致団結しなければならない、民主主義とか自由主義とか、そんなものは西洋のものだ、われわれには合わない――こんなぐあいです。
 最初にこういうことを言ったのは誰でしょうか。一九一〇年代、一九二〇年代から日本の国家主義者、国粋主義者たちが口にしてきた主張でした。これが一九三〇年代、日本社会の支配的な観念となりました。その教育を受けた人々は誰でしょうか。一九六〇年代、一九七〇年代に韓国を率いた、親日派といわれる人々です。
 だから韓国の親日派問題は複雑なのです。日本にくっついて国を売り飛ばした親日派もいますが、それよりも恐ろしいのは、日本式教育を身につけ、現実に実行しようとした朴正煕のような人々です。朴正煕時代は完全にその典型と言っていいでしょう。朴正煕個人について言えば、監獄に送らねばならないほど親日行為が甚だしかったわけではないでしょう。問題は、朴正煕の思考方法が典型的な日本式教育と訓練を通じて形作られた点にあります。
 日本の軍国主義者たちが自由主義や民主主義を何と言って批判したかというと、日本精神に合わない、西洋から来た外来思想だ、われわれは大和魂を守らねばならない、といった調子です。そう言いながら、軍国主義を推し進めました。朴正煕も民主主義をののしりながら、「韓国的民主主義」を掲げました。民主主義・自由主義は、軍国主義や軍事独裁と決して両立できないのです。 
 つまり、問題としているのは戦前の日本の軍国主義との関係であって、現在の日本に対する姿勢ではないのです。なお、本書には「反日」という言葉は登場しません。一般に韓国人は日本に対してさほど好感情は持っていないとは思いますが、著者はそのようなことにはあまり関心はないようです。
 ただ、「日帝強占時」から、もう半世紀以上も経っているのですから、「親日派」のことも歴史上の過去の出来事と言っていいかもしれません。にもかかわらず、近年になって親日究明特別法が制定されるなど、なおわだかまりは捨てきれないようです。もっとも、日本でもA級戦犯をめぐる議論が時折復活(総理の靖国参拝がなくなってあまり話題にならなくなっていますが)するように、わだかまりは残っているのかもしれません。
 なお、著者は、「運動圏」や進歩陣営(保守陣営と対立する政治勢力)に近い立場なので、金大中(キム・デジュン、김대중)・盧武鉉路線(特に盧武鉉)に共感する部分が多く、現在の李明博(イ・ミョンバク、이명박)政権には批判的です。
 そして、本書は現体制に批判的な政治・社会評論集でもあり、その意味では現代の韓国社会を知るための貴重な手がかりを与えてくれます。