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 2012/9/11
 「従軍慰安婦」をめぐる30のウソと真実  amazon
編・著者  吉見義明・川田文子/編著
出版社  大月書店
出版年月  1997/6/24
ページ数  97 
判型  20.8 x 14.4 x 1 cm
税込定価  945円 
 このところ、従軍慰安婦問題について、1993年の河野洋平官房長官談話見直し論がマスコミをにぎわしています(石原知事「河野のバカが日韓関係ダメに」 橋下氏とともに河野談話批判(2012/8/24)「河野談話」見直し、松原氏が提案検討(2012/8/27)安倍元首相「自民党が政権取ったら、3大談話を修正」(2012/8/28))。そもそも、従軍慰安婦問題とは何なのか、興味を感じたので、この本を読んでみました。
 この本は、軍の関与や責任を否定するグループ(新しい歴史教科書をつくる会)の主張に対する、責任肯定派からの反論書です。主に、「小林 よしのり (著) 新ゴーマニズム宣言〈3〉 (小学館) 1997」 を検証の対象としています。
 論点は多岐に渡っていますが、軍部がどの程度関与していたかは重要な問題といえます。この点について、「ソープランドの許可にも警察や保健所が関与している」という趣旨の小林氏の指摘に対して、次のように反論しています(13〜14ページ)。
 そもそも慰安所制度を考案したのは軍であるが、ソープランドを考案したのは警察や保健所ではない。軍人の志気の高揚、反日感情抑止のための(ごうかん)強姦防止策、性病予防、軍の機密(ろうえい)漏洩防止などの必要性から慰安所設置の具体的施策は現地軍が策定し、陸軍省もこれに指示をあたえた。上海派遣軍参謀副長であった岡村寧次は、「斯(か)く申す私は慰安婦案の創設者である」(稲葉正夫編『岡村寧次大将資料』上巻・戦場回想篇)などといい、一九三二年、上海事変のとき、強姦事件が発生したため海軍にならい、長崎県知事に要請して慰安婦団を招いたとも記している。私たちの知っている方々では、中曾根康弘元首相も主計将校として部下のためインドネシアで慰安所をつくってやったと自慢している。松浦敬紀編『終りなき海軍』の「二十三歳で三千人の総指揮官」からその部分を引用してみよう。
 三千人からの大部隊だ。やがて、原住民の女を襲うものやバクチにふけるものも出てきた。そんなかれらのために、私は苦心して、慰安所をつくってやったこともある。かれらは、ちょうど、たらいのなかにひしめくイモであった。
 中曾根主計将校の目には慰安所に群れる兵隊の姿は"たらいのなかにひしめくイモ"に映っていたわけだ。なお、日本兵に襲われた「原住民の女」の証言は拙著『インドネシアの「慰安婦」』に記したので参照されたい。
 また、産経新聞・フジテレビ社長となった鹿内信隆氏は陸軍経理学校で慰安所開設の仕方を教わったそうだ。これも櫻田武・鹿内信隆『いま明かす戦後秘史』上巻から引用しておこう。
 そのとき〔慰安所の開設時〕に調弁する女の耐久度とか消耗度、それにどこの女がいいとか悪いとか、それからムシロをくぐってから出て来るまでの"持ち時間"が、将校は何分、下士官は何分、兵は何分……といったことまで決めなければならない(笑)。料金にも等級をつける。こんなことを規定しているのが「ピー屋設置要綱」というんで、これも経理学校で教わった。この間も、経理学校の仲間が集まって、こんな思い出話をやったことがあるんです。
 ピー屋というのは慰安所のこと、ピー屋設置要綱はつまり、慰安所利用規則や軍人(クラブ)倶楽部利用規定のたぐいである。
 「女の耐久度とか消耗度」まで陸軍経理学校で教える「軍の関与」のあり方は、正常とは思えないが、それを当然とみる神経も相当に異常だ。     [川田文子]
 「軍の関与は、ソープランドに対する警察の許可と同じ程度のもの」というのが、小林氏の主張の主旨であるとするならば、いささか説得力に欠けるように感じられます。いずれにしても、軍が主導的・積極的に関与したことは否定できないように思えます。 
 最近の河野談話見直し論でも問題となっているように、強制連行の有無も重要な論点です。この点について、この本では次のように反論しています(22〜23ページ)。
 強制連行によって慰安婦を集めたケースはあった。また、強制連行がなかったという人たちは、それを「官憲による奴隷狩りのような連行」というように、意図的に狭く限定しているが、これは問題を矯小化(わいしょうか)するものだ。さらに、強制連行だけを問題とするのはおかしい。……
……まず、強制連行とは本人の意志に反してつれていくことである。このように広い意味での強制連行には、@前借金、でしばってつれていくことや、A看護の仕事だとか、食事をつくる仕事だとか、工場で働くとかいってだましてつれていくことや、B誘拐(ゆうかい)・拉致(らち)などもふくまれる。
 Aのだましてつれていくケースを強制連行にふくめるのは、慰安所についたとき、むりやり慰安婦にされるからである。最初から暴力的に連行するよりもこのほうがかんたんに移送できた。官憲が直接やっておらず、業者がやった場合でも、元締めとなる業者は軍が選定し、女性たちを集めさせているのだから、当然軍の責任になる。業者がやったこのようなケースがあったことについて、否定する者はいないだろう。
 しかし、強制連行というと「ひとさらい」や「拉致」といった印象があるのは否定できず、慰安婦というと「強制連行された」つまり「暴力的に拘束されて連れて行かれた」というイメージが一般には定着しています。そのような意味での強制連行はあったのかについては次のように述べています(24ページ)。
  「官憲による奴隷狩りのような連行」が朝鮮・台湾であったことは、確認されていない。また、女子挺身勤労令による慰安婦の動員はなかったと思われる。なお、強制連行を指示する命令書がないから強制連行もなかったはずだという者もいるが、これはおかしい。違法な指示を命令書に書くはずがないではないか。また、命令書には徴募の方法などは書かないものである。
 しかし、「官憲による奴隷狩りのような連行」が占領地である中国や東南アジア・太平洋地域の占領地であったことは、はっきりしている。
 一九九三年にオランダ政府がまとめた報告書によれば、インドネシアのハルマヘラ・アンバラワ・ゲダンゲン・ムンチラン抑留所に入れられたオランダ人女性が、スマランの慰安所に連行されている。また、スマランからプローレス島には、オランダ人女性とインドネシア人女性が強制的に送られている。
 東京裁判の資料によれば、モア島では地元の女性が強制的に慰安婦にされたという(検察文書五五九一号)。
 現在名乗りでているフィリピンや中国の元慰安婦の証言のほとんどはこのケースだ。
 つまり、一般的にイメージされるような「強制連行」は、朝鮮・台湾では確認されていないことは認めています。ところで、最近話題となっている河野談話見直し論では、「強制連行があった」と認めたのは怪しからんという論調が見受けられますが、河野談話では、「強制連行があった」と認めたのでしょうか。外務省のホームページによると河野談話の内容は次のようなものです。
慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話
  平成5年8月4日
 いわゆる従軍慰安婦問題については、政府は、一昨年12月より、調査を進めて来たが、今般その結果がまとまったので発表することとした。
 今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。
 なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。
 いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。また、そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。
 われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。
 なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい。
 この談話が、「強制連行があった」と明確に認めているのかはやや疑問です。「甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた」というのは、いわゆる「強制連行」(有無を言わせず暴力的に連れ去る)というのとは少し異なるように思われるからです。
 ところで、強制連行というと、戦時下の労働力不足などを補うための労務動員、いわゆる朝鮮人強制連行もありますが、こちらの方も、「募集」「官斡旋」「徴用」をひっくるめて「強制連行」 といっているようで、「有無を言わせず暴力的に連れて来る」というのとは少し異なるようです。このあたりは、歴史的認識を改める必要はありそうです。
 ただ、いずれにしても奴隷的拘束状態の下で性行為や労働が強制されたかどうかが問題であって、「だましてつれて来た」あるいは「徴用」であって「強制連行」ではなっかったからといって、そのような扱いが正当化されるわけではありません。

 2012/9/13
 次のように、全国紙が社説でこの問題を取り上げています。
 河野談話見直しについて、読売、産経が賛成なのに対して、朝日、毎日は反対しています。
 読売は、河野談話の文言を引用して、強制連行があったかのような誤解を与えたとし、そのことについての事実関係を明確にすべきだと主張しています。産経は、河野談話が「日本の軍や警察による強制連行があったと決めつけた内容」だとし、「偽りの河野談話破棄せよ」と、主張しています。
 一方、朝日は、「多くの女性が心身の自由を侵害され、名誉と尊厳を踏みにじられたことは否定しようのない事実」であり、強制連行を示す資料が確認されないことを見直しの理由に挙げるのは「枝を見て幹を見ない態度」だと批判しています。また、毎日は、河野談話は「組織的な強制連行を認めたものではないが、慰安所の設置や慰安婦の移送などに旧日本軍が関与」したことを認め謝罪するという内容であり、当時、韓国側もこのような内容を評価し、「それ以上は外交問題にしない姿勢を示していた」と指摘しています。
河野談話 「負の遺産」の見直しは当然だ【8/29付け読売新聞】
 韓国の李明博大統領の竹島訪問に関連し、いわゆる従軍慰安婦問題が再燃している。
 その根底には、慰安婦問題に関する1993年の河野官房長官談話があることは否定できない。政府は、これを見直し、新たな見解を内外に表明すべきである。
 野田首相は参院予算委員会で、河野談話を踏襲するとしながらも「強制連行の事実を文書で確認できず、慰安婦への聞き取りから談話ができた」と説明した。松原国家公安委員長は談話を見直す観点から閣僚間の議論を提起した。
 河野談話は、慰安婦の募集について「軍の要請を受けた業者が主として当たった」とした上で、「本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあった」と記した。
 しかし、軍や官憲が慰安婦を強制的に連行したことを示す資料は発見できなかった。元慰安婦の証言のみが根拠とされ、これを裏付ける調査も行われていない。
 当時、韓国の元慰安婦らが名乗り出て日本政府に謝罪などを求めていた。談話の背景には、外交的配慮もあったのだろう。
 結果として、旧日本軍が女性を組織的に強制連行して「性奴隷」にしたといった誤解が、世界に定着した。米下院や欧州議会などは慰安婦問題で日本政府の謝罪を求める対日批判決議を採択した。
 だが、その後も、旧日本軍による慰安婦の強制連行を証明する資料は見つかっていない。
 米下院で慰安婦問題が取り上げられていた2007年3月、安倍内閣は「資料には軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」とする政府答弁書を閣議決定した。
 河野談話を継承しつつ、その根拠となる資料は存在しないという立場を明確にしたものだ。
 だが、このままでは国際社会の誤解を払拭することは難しい。
 大阪市の橋下徹市長が、閣議決定もされていない河野談話と07年の閣議決定は矛盾しており、河野談話の内容を見直すべきだと述べたのは、もっともである。橋下氏は河野談話を日韓の紛争の「最大の元凶」とも批判している。
 政府は、誤解の拡散を招かぬよう手立てを講じる必要がある。
 野田内閣は、旧日本軍による慰安婦強制連行の確証がないことを踏まえ、河野談話という自民党政権時代の「負の遺産」を見直し、日本政府の立場を内外に分かりやすく説明しなければならない。
河野談話―枝でなく、幹を見よう【8/31付け朝日新聞】
 旧日本軍の慰安婦問題をめぐって、日韓関係がまたきしんでいる。
 きっかけは、韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領が今月、竹島に上陸したのは、慰安婦問題で日本政府の対応に進展がなかったからだとしたことだ。
 これに対し、野田首相が「強制連行の事実を文書で確認できなかった」と語ったことが、韓国国内で「歴史の歪曲(わいきょく)」などと反発を広げている。
 歴史問題を持ち出してナショナリズムをあおるような大統領の言動には首をかしげる。
 だが、日本の政治家の対応にも問題がある。
 見過ごせないのは、松原仁・国家公安委員長や安倍晋三元首相ら一部の政治家から、1993年の河野官房長官談話の見直しを求める声が出ていることである。
 河野談話は、様々な資料や証言をもとに、慰安所の設置や慰安婦の管理などで幅広く軍の関与を認め、日本政府として「おわびと反省」を表明した。
 多くの女性が心身の自由を侵害され、名誉と尊厳を踏みにじられたことは否定しようのない事実なのである。
 松原氏らは、強制連行を示す資料が確認されないことを見直しの理由に挙げる。枝を見て幹を見ない態度と言うほかない。
 韓国の人たちにも、わかってほしいことがある。
 河野談話を受けて、日本政府の主導で官民合同のアジア女性基金を設立し、元慰安婦に対して「償い金」を出してきた。それには歴代首相名のおわびの手紙も添えた。
 こうした取り組みが、韓国国内でほとんど知られていないのは残念だ。
 もっとも、今回に限らず日本の一部の政治家は、政府見解を否定するような発言を繰り返してきた。これではいくら首相が謝罪しても、本気かどうか疑われても仕方ない。
 5年前、当時の安倍首相は当局が人さらいのように慰安婦を連行する「狭義の強制性」はなかった、と発言した。
 その後、米下院や欧州議会が慰安婦問題は「20世紀最悪の人身売買事件の一つ」として、日本政府に謝罪を求める決議を採択した。
 自らの歴史の過ちにきちんと向き合えない日本の政治に対する、国際社会の警鐘である。
 河野談話の見直しを求める政治家は、韓国や欧米でも同じ発言ができるのだろうか。
 野田首相も誤解を招く発言は避け、河野談話の踏襲を改めて内外に明らかにすべきだ。
慰安婦問題 偽りの河野談話破棄せよ 国際社会の誤解解く努力を【9/1付け産経新聞】
 慰安婦の強制連行を認めた河野洋平官房長官(当時)談話の見直しを求める声が高まっている。李明博韓国大統領が竹島不法上陸の理由として慰安婦問題への日本の対応に不満を示したことによる。
 野田佳彦政権は河野談話を再検証したうえで、談話の誤りを率直に認め、それを破棄する手続きを検討すべきだ。
 河野談話は、自民党の宮沢喜一内閣が細川護煕連立内閣に代わる直前の平成5年8月4日に発表された。「従軍慰安婦」という戦後の造語を使い、その募集に「官憲等が直接これに加担したこともあった」などという表現で、日本の軍や警察による強制連行があったと決めつけた内容である。
 ≪見直し論の広がり歓迎≫
 公権力による強制があったとの偽りを国内外で独り歩きさせ、慰安婦問題をめぐる韓国などでの反日宣伝に誤った根拠を与えた。
 しかし、それまでに日本政府が集めた二百数十点に及ぶ公式文書の中には強制連行を裏付ける資料はなく、談話発表の直前に行った韓国人元慰安婦16人からの聞き取り調査だけで強制連行を認めたことが後に、石原信雄元官房副長官の証言で明らかになった。
 今回、李大統領の竹島上陸後、最初に河野談話の問題点を指摘したのは大阪市の橋下徹市長だ。橋下氏は「慰安婦が日本軍に暴行、脅迫を受けて連れてこられた証拠はない」「河野談話は証拠に基づかない内容で、日韓関係をこじらせる最大の元凶だ」と述べた。
 安倍晋三元首相も本紙の取材に「大変勇気ある発言」と市長を評価し、河野談話などを見直して新たな談話を発表すべきだとの考えを示した。東京都の石原慎太郎知事も河野談話を批判した。参院予算委員会でも、松原仁国家公安委員長が河野談話について「閣僚間で議論すべきだ」と提案した。
 こうした河野談話見直し論の広がりを歓迎したい。
 石原元副長官が本紙などに河野談話の舞台裏を語ったのは、談話発表から4年後の平成9年3月だ。同じ月の参院予算委員会で、当時、内閣外政審議室長だった平林博氏は、元慰安婦の証言の裏付け調査が行われなかったことも明らかにした。
 談話に基づく強制連行説が破綻した後も、それを踏襲し続けた歴代内閣の責任は極めて重い。談話の元になった韓国人元慰安婦の証言をいまだに公開していないのも、国民への背信行為である。
 安倍内閣の下で、河野談話を事実上検証する作業が行われたこともある。米下院で慰安婦問題をめぐる対日非難決議案が審議されていた時期の平成19年3月、「政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示す記述は見当たらなかった」との政府答弁書を閣議決定した。
 ≪当事者は「真実」語れ≫
 決議案には、「日本軍は第二次大戦中に若い女性たちを強制的に性奴隷にした」など多くの事実誤認の内容が含まれていた。
 これに対し、安倍首相は「官憲が家に押し入って人さらいのごとく連れていくという強制性はなかった」と狭義の強制性を否定し、「米下院の決議が採択されたからといって、われわれが謝罪することはない」と明言した。一方で、「間に入った業者が事実上強制していたケースもあったという意味で、広義の強制性があった」とも述べ、河野談話を継承した。
 だが、この安倍首相発言の趣旨は当時のブッシュ政権や米国社会に十分に理解されなかった。中途半端な対応ではなかったか。
 今夏、アーミテージ元米国務副長官ら超党派の外交・安全保障専門家グループが発表した日米同盟に関する報告にも、「日本は韓国との歴史問題に正面から取り組むべきだ」との文言がある。
 こうした誤解を解くため、日本は河野談話の誤りを米国など国際社会に丁寧に説明する外交努力を粘り強く重ねなければならない。河野氏が記者会見で強制連行を認めたのが問題の発端だ。国会は河野氏らを証人喚問し、談話発表の経緯を究明する必要がある。
 安倍氏は河野談話に加え、教科書で近隣諸国への配慮を約束した宮沢喜一官房長官談話、アジア諸国に心からのおわびを表明した村山富市首相談話も見直す考えを表明している。今月行われる民主党代表選や自民党総裁選で、一連の歴史問題をめぐる政府見解に関する論戦を期待したい。
慰安婦の河野談話 ないがしろにできぬ【9/13付け毎日新聞】
 李明博(イ・ミョンバク)韓国大統領の竹島上陸と天皇陛下への謝罪要求発言をきっかけに、旧日本軍のいわゆる従軍慰安婦をめぐる論議が日韓間で再燃している。日本では「心からのおわびと反省」を表明した93年の河野洋平官房長官談話を見直すべきだとの声が上がり、韓国の国会は公式謝罪と賠償を日本に求めた。互いの反発がこのままエスカレートすることには深刻な懸念を持たざるを得ない。
 日本が河野談話を白紙に戻せば、慰安婦問題を苦労して政治決着させようとした過去の真剣な努力を自ら否定することになる。一方、韓国が新たに公式謝罪と賠償を持ち出すことは「心からのおわびと反省」を踏まえ官民協力で償い金を集めた日本側の国民感情を逆なでするものであり、とうてい受け入れられない。ここは日韓両国とも冷静になり、これまで積み上げてきたものを壊さない努力をすべき時ではないか。
 河野談話は慰安婦問題の調査報告書とともに発表された。組織的な強制連行を認めたものではないが、慰安所の設置や慰安婦の移送などに旧日本軍が関与し、「総じて本人たちの意思に反して行われた」として、多数の女性の尊厳と名誉を深く傷つけたと謝罪する内容だった。
 韓国側もこの調査報告書を「韓日間の最大の障害物が解消されたことになる」(当時の韓昇洲外相)と評価し、それ以上は外交問題にしない姿勢を示していた。慰安婦問題という深いトゲを抜くため、苦労してたどり着いたのが河野談話だったはずだ。両国の政治家はその原点に立ち返って行動してもらいたい。
 日本では松原仁国家公安委員長が河野談話の見直し論議を提起するなど、竹島問題と慰安婦問題をからめる李大統領への反発が強い。自民党総裁選に出馬表明した安倍晋三元首相も、首相になれば新たな政府見解を出す考えを明らかにした。
 だが河野談話に基づき実施された民間主体の償い金事業や医療・福祉事業は韓国だけでなくフィリピン、インドネシア、オランダ、台湾など数カ国・地域にまたがっていて、実施対象の元慰安婦は300人を超える。日本政府が「女性に対する暴力」を深刻な人権問題と認識していることを示したのが河野談話であり、そこから後退する印象を国際社会に与えることは外交的にもマイナスだ。
 残念なことに韓国では国家賠償ではないとの理由で多くの元慰安婦が償い金を受け取らなかった。それが今も尾を引いている。日本はこれまで取り組んできたことを世界に説明し、あたかも歴史を否定しているかのような曲解をなくす外交努力が必要だが、韓国も河野談話の経緯をないがしろにすべきではない。