読書ノート / 経済
(2022/5/23)
 西武争奪 資産2兆円をめぐる攻防 
編・著者  日本経済新聞社/編
出版社  日本経済新聞社
出版年月  2006/4/20
ページ数  254 
税込定価  1575円
  本のタイトルは、「西武争奪 資産2兆円をめぐる攻防」となっています。このタイトルからは、西武グループの資産価値は2兆円と見ているようですが、本文にはその根拠は明確には示されていません。
 ただ、1987年に堤義明氏を世界一の富豪とランク付けした「フォーブス」は、西武グループの資産を10兆円弱と見ていたと指摘しています(36ページ)。
 また、2005年ごろ西武グループの買収を持ちかけてきた外資ファンドの申出額は、1兆数千億円から2兆円に及んだと指摘しています(64〜65ページ)。
 一方、2005年末に、コクド増資案の差し止め仮処分審理で、原被告が提出した資産評価は次のようになっています(217ページ)。被告側は、4500億円弱と評価しているのに対し、原告側は、7000億円弱から1兆円近くまであると評価しています。これは割り当て価格の基礎となっている資産評価ですから、含み益を除外しているものと思われます。
先に引用したように、サーベラスと日興プリンシパルが示した西武グループの企業価値は以下のとおりだった。
 〈コクド〉   @企業価値   470億円
    A一株当たり評価額 2239万円
 〈西武鉄道〉B企業価値  3982億円
  C一株当たり評価額     919円
 これに対し、デロイト・トーマツの報告書をもとに、猶二側はこんな数字を算出した。
 〈コクド〉   @企業価値 974億 - 2215億円
    A一株当たり評価額 4641万 - 1億556万円
 〈西武鉄道〉B企業価値 5859億 - 7586億円
    C一株当たり評価額 1352 - 1751円 
 1987年のフォーブスの評価はバブル絶頂期のものですから度外視するとしても、外資ファンドが2兆円まで出してよいと言ったのですから、西武グループの資産価値はそのぐらいはあると、この本の著者は見ているのでしょうか。  
  本書は、2004年10月の西武鉄道の有価証券報告書虚偽記載(Vol.23   西武が上場廃止になった理由/ドリームゲート参照)発覚から、西武鉄道上場廃止、西武グループ瓦解危機、堤義明氏逮捕、銀行主導の経営改革委員会(諸井委員会)の挫折、後藤高志・現西武HD社長(元みずほコーポレート銀副頭取)のもとでのグループ再編完了(2006年3月)までを扱っています。
 ただ、通常の企業再生と異なるのは、創業家一族の遺産争いが絡んだため、関係が極めて複雑になったことです。西武グループは、コクド(旧国土計画)という非上場の閉鎖的会社が、株式所有を通じてグループ各社を支配するという形態を取っていました。創業者である堤康次郎は、国土計画の大半を所有していたようですが、本書によると康次郎名義となっていたのは15%だったということです(104ページ)。
 後に、訴訟の過程で裁判所が認定した事実によると、コクド株主の構成は次のようになっています。
 堤義明 75万7000株
 第3者名義 約126万株
  うち 100万株は少なくとも借用名義株(実質康次郎所有)
堤義明氏の旧コクド株訴訟判決 親族分、一部認める
西武グループの中核会社だったコクド(プリンスホテルに合併)株をめぐり、堤義明元コクド会長に対し、弟の猶二氏ら親族4人が「義明氏が持つ757株は父康次郎の遺産で、(法定相続分に当たる)約55%は自分たちのもの」として持ち分の確認を求めた訴訟の判決で、東京地裁は30日、親族の持ち分を一部認めた。
 山田俊雄裁判長は「義明氏の株のうち約14株(1000株を1株にする2004年の株式併合前は1万4395株)は社員など第3者の名義を借りた康次郎氏所有の株で、親族らの持ち分が認められる。しかし残り大半の株は取得から20年以上が経過しており、義明氏が時効で得たもの」と判断。約14株のうち、法定相続分が親族の持ち分と認定した。
 問題になったのは、グループ再編についてのコクド株主総会が開かれた05年11月時点での持ち分。
 判決では「康次郎氏の死亡時に第3者名義だったコクド株約126万株(株式併合後は1260株相当)のうち、少なくとも100万株(同1000株相当)は康次郎氏所有の借用名義株だった」と指摘した。
2009/03/30   20:22 【共同通信】 
  旧コクド株訴訟、堤家側が敗訴 「株は名義人のもの」
2011/03/28 21:07   朝日新聞
 西武鉄道グループ中核企業だった旧コクド株計933株の所有権をめぐり、創業者の故・堤康次郎氏の子と孫の4人が、名義人であるグループ会社役員ら147人を相手に持ち分の確認を求めた訴訟で、東京地裁(木納敏和裁判長)は28日、株は名義人のものだと判断し、堤家側敗訴の判決を言い渡した。  
 訴えていたのは、康次郎氏の息子で堤義明・元会長の異母兄・清二氏や実弟・猶二氏ら。康次郎氏や、死後に実権を握った義明氏による株式管理について「相続税対策や株式の散逸を防ぐために株主として側近や社員らの名義を借りていたが、実質は堤家の財産だ」として、株の約55%は自分たちに持ち分があると主張していた。  
 しかし判決は、康次郎氏は個人で株式を持つことに否定的で、各名義人も実際に株主の権利を行使していたと指摘。「借用名義株という手法で自らが株主として支配する方法ではなく、自分が支配できる株主を介して間接的に事業を支配していたと考えるのが合理的だ」と述べた。 
 以上のことから、(増資が行われていないとして)次のように推測されます。コクド(旧国土計画)200万株のうち75万7000株は康次郎名義株であり、堤義明氏が相続。第3者名義約126万株のうち、少なくとも100万株は借用名義株だったが、(相続税対策のため?)相続手続を経ることなくそのまま第3者名義が維持された(実質的には8割近くが義明氏の所有)。
 この、コクド株相続については2つの問題があります。それは、@遺産分割が正当に行われたかどうか、A借用名義株も遺産分割の対象とすべきではなかったのか、ということです。上記の新聞記事に出てくる訴訟の初めのものは@に関する訴訟であり、2番目のものはAに関する訴訟です。
 下の図(10ページ)が示すように、康次郎(1964年死亡)相続人は妻の操(青マーク)、嫡出子3人(赤マーク)、非嫡出子4人(黄マーク)の8人です(本書からはこの点は明確ではありませんが、家系図からはそうなります)。妻の法定相続分は(当時の民法規定では)3分の1(その死後は清二氏らが相続)、嫡出子の相続分は非嫡出子の2倍です。堤義明氏は非嫡出子ですから、15分の1の相続分しかなかったことになります。一応、遺産分割協議書が作成されていますが、それは無効であると、猶二氏ら親族4人が義明氏を相手に起こしたのが、1番目の訴訟です。訴訟では、時効取得を理由に義明氏の所有権を認めていますから、遺産分割の有効性には疑問を持ったものと思われます。また、少なくとも100万株(株式併合後は同1000株相当)は借用名義株だったと認めました。しかし、この点について訴えが提起された2番目の訴訟では、株は名義人のものだと判断しました。いずれの訴訟も原告敗訴となりましたが、原告の請求を認めると、グループ再編を認めたコクド株主総会決議の有効性が問題となりかねないため、そのあたりの事情も配慮した判断なのかなとも思います。


  この遺産相続をめぐる争いの背景には、堤義明氏と他の一族の間に、西武再建についての意見の対立があったと本書は指摘します。堤義明氏が西武グループを相続したいきさつについては、ほとんど触れていませんが、堤義明氏はカリスマ経営者と世間で評価されているほど優秀ではなく、弟の猶二氏(UCLA卒)の方が周囲の評価が高く、それが気に障った義明氏は暴君のように振舞って、猶二氏を西武グループから追い出したと本書では述べています。その猶二氏をセゾングループで引き取ったのが異母兄の清二氏だったといいます。(この本の筆者はもっぱら猶二氏サイドから情報を得ているようで、義明氏には直接の取材はできなかったようです。したがって、義明氏の人物像については、多少割り引いて判断した方がよいかなという気もします)
 堤一族の内部対立はドラマ仕立てで詳細に記載されていますが、西武グループの経営危機の内容と原因については、さほど明確に説明されていません。
 断片的な記述をまとめると以下のようになります。
 次の図(182ページ)にあるように、西武グループの中心はコクドで、株式所有を通じて、西武鉄道とプリンスホテルを支配していました。プリンスホテルは100%子会社で、西武鉄道の株式も8割近くを直接・間接に所有していました。コクド株の8割を堤義明氏が実質的に所有しているから、西武グループそのものが義明氏の個人所有に近くなります。

 コクドは単なる持ち株会社ではなく、スキー場・ゴルフ場・リゾートホテル開発を手がけていました。一方、プリンスホテルは、都市型ホテルを経営していました。
 西武グループは創業者・堤康次郎が、不動産投機・開発、鉄道買収などによって、一代で築きあげた企業グループです。西武鉄道とプリンスホテルは各地の優良土地を多数所有しており、義明氏は「日本一の土地持ち」と言われていました。バブル時代にはその地価が急騰し、1987年に堤義明氏は「世界一の富豪」なりました。その資産価値を担保に膨大な資金を借り入れ、スキー場・ゴルフ場・リゾートホテル開発を全国で展開しますが、バブル崩壊とともに、それらの事業は大幅赤字となります。一方、銀行などからの借入金は1兆4000億円にも達していました。
 「再編前の2005年3月期のグループ主要3社の業績は次のとおりです(236ページ)。コクドが大幅赤字で、それを西武鉄道の収益で埋め合わせている格好です。
〈コクド〉 営業損益= 107億円の赤字
  経常損益= 146億円の赤字
〈プリンスホテル〉営業損益= 1億円の赤字
  経常損益= 4億円の赤字
〈西武鉄道〉 営業損益= 257億円の黒字
  経常損益=142億円の黒字 
 このような状況の中で発生したのが、西武鉄道有価証券報告書の虚偽記載問題(2004年10月)です。その後、諸井委員会が発足(2004年11月)するも、西武鉄道上場廃止(2004年12月)、義明氏逮捕・起訴(2005年3月)と続き、後藤高志が西武鉄道社長に就任し(2005年3月)グループ再編の指揮を取る事になります。その後、諸井委員会の再建案挫折、後藤社長が持ち株会社方式による再建案発表、それに反対する猶二氏よる西武鉄道のTOB提案とコクド株所有権確認を求める訴訟提起が続き、最終的には義明氏が後藤社長側につき、持ち株会社方式による再建案が実行されることになります。それぞれの関係は、相関図(11ページ)のようになります。

 後藤社長の再建案では、サーベラスと日興プリンシパルが1600億円出資し、増資によりコクドの株主となる。コクドは事業部門をプリンスホテルに移し、持ち株会社西武ホールディング(HD)となる。一方、西武鉄道は、株式交換により西武HDの100%子会社となり、西武鉄道株主はそのまま西武HD株主となる。以上の結果、下の図(190ページ)にあるように、西武HDの45%はサーベラスと日興プリンシパルが所有、旧コクド株主は15%、そのうち義明氏の所有は5.4%となっています。
 これに対して、西武グループの資産価値を過小評価して、サーベラスと日興プリンシパルに不当に多くの増資株を割り当てていると、猶二氏らは異議を唱えています。そして、そのような不利な条件を呑んだのは、義明氏と後藤社長の間に何らかの密約があったのではないか、と猶二氏らは見ています。また、猶二氏らは旧コクド株の多くは借用名義株だったから、真の所有者である相続人に引き渡すべきだとも主張しています。
 ところで、今回のTOBでサーベラスの保有比率は、32・44%から35・48%に上昇したということです。したがって、NWコーポレーション(旧コクド)か日興プリンシパルのいずれかがつけばサーベラスは経営の主導権を得ることができます。そもそも、銀行は出資していないのですから、後藤社長は独自に支配できる株式を持たない不安定な地位にあるともいえそうです。
 
  ところで、その後、西武グループの再建はどうなっているかというと、2013年3月期決算では、プリンスホテルは西武HDが誕生して以来、初めて経常黒字に転換、全体でも経常利益が過去最高の307億3300万円になったということですから、一応の成果は上がっているようです。
西武HDの3月期決算は過去最高の経常益に プリンスホテルが初の黒字転換
2013.5.14   19:11
 西武ホールディングス(HD)が14日発表した平成25年3月期連結決算は、経常利益が前期比44・7%増の307億3300万円と過去最高になった。営業利益も22・1%増の401億1400万円で、過去2番目の高水準だった。
 2年前の東日本大震災で落ち込んだホテルや鉄道の需要が回復したほか、経費節減も寄与。ホテル・レジャー事業の営業利益は約6・8倍になり、傘下のプリンスホテルは18年2月にグループ再編で西武HDが誕生して以来、初めて経常黒字に転換した。
 しかし、最近ではコロナ禍による国内客や訪日外国人客の旅行や宿泊の需要消失により、ホテル・レジャー事業が534億円の営業赤字となり、2022年2月、ホテルやゴルフ場、スキー場など全76施設のうち31施設を売却することで、シンガポール政府系のファンドGICと基本合意したと発表しています (西武HDの「コロナ敗戦」、所有と運営を分離 )。