読書ノート / 政治
 日本会議・安倍政権の背後に「生長の家」分派グループ  

 日本会議の研究(扶桑社新書) 
編・著者  菅野完(すがの・たもつ)/著
出版社  扶桑社
出版年月  2016/05/06
ページ数  302
判型 

新書判

税別定価  800円 

 森友学園事件で、このところマスコミに頻繁に登場するようになった著者について、出版元サイトでは、次のように紹介しています。著者によると、「ツイッターなどのSNSで自分なりの論考を私的に発表し続けた」のが、ハーバービジネスオンラインの編集者の目に止まり、連載のきっかけになったそうです(11ページ)。
著述家。1974年、奈良県生まれ。一般企業のサラリーマンとして勤務するかたわら執筆活動を開始。退職後の2015年より主に政経分野の記事を雑誌やオンラインメディアに提供する活動を本格化させる。同年2月から扶桑社系webメディア「ハーバービジネスオンライン(http:hbol.jp)にてスタートした連載「草の根保守の蠢動」は大きな話題を呼び、本書刊行の元となった

一時、販売差し止め 
 2017年1月7日、東京地裁が本書の出版差し止めを認める仮処分の決定をしています。産経新聞によると、決定の理由は次のとおりです(「日本会議の研究」販売差し止め 東京地裁が仮処分決定)。 

 決定によると、同書は平成28年5月発行。男性が所属する宗教法人の機関誌の発行部数を拡大する運動を進めた結果、「自殺者も出た」などと指摘していた。
 関述之裁判長は決定で、記述が「男性の社会的評価を低下させる」と判断。自殺者が出たという部分については、菅野氏の説明以外に客観的な資料がなく、男性に取材していないことを菅野氏が認めたことなどから、「真実でない可能性がある」とした。

 問題の記述は次のようなものです(289〜290ページ)。この部分は、日本会議の事実上の演出者は誰かを探る、いわば本書の核心部分です。「自殺者も出たという」という部分の実証は極めて困難だと思われますが、出版差し止めを認めるほどの緊急性はあるのか、出版の自由の不当な制約にならないかについて疑問も感じます。
 土台無理がある100万部達成のために、青年会に所属する学生や社会人1年生は消費者金融に手を出してまで『理想世界』を買うことを余儀なくされた。当時、消費者金融の取り立ては社会問題化していたほど苛烈を極めていた。結果、自殺者も出たという。しかし、そんなことは安東には馬耳東風であった。安東は、「谷口雅春尊師のお教えを、日本の青年に広めるのだ。そのためには諸君らの「光の弾丸」が必要だ」と演説し、周囲はそれに心酔し、熱狂が集団を支配していた。
 この「光の弾丸」とは、カネのことだ。安東は決してカネを出せとは言わない。また、お布施を推奨するわけでもない、あくまでも、『理想世界』を買えと言うだけだ。しかしそれは同時に創価学会でいえば「財務」と称される献金活動に他ならない。「財務」の結果、苦しむ人が出たとしても、安東が提示した運動目標を見事にクリアした事実は揺るぎない。こうした活動を経て、その後彼は、生長の家政治局政治部長に就任する。
 その後、最高潮に達した「生長の家政治運動」の先頭を安東は領導し続ける。玉置和郎・村上正邦といった、総裁選挙にも影響を及ぼすほどの一大勢力となった「生長の家政治運動」は、安東巌によってその実務が取り仕切られていたのだ。
 扶桑社が異議を申し立てたところ、2017年3月31日、東京地裁は次のように述べて、仮処分の決定を取り消しました(菅野完氏著「日本会議の研究」 販売差し止め仮処分決定を取り消し 東京地裁)。 
 しかし異議審で、中山裁判長は「記述が真実でないと断じるには疑念が残る上、公益を図る目的で執筆されたと認められる。社会的評判の低下の度合いも低い」などと指摘。出版差し止めが認められるほどの被害はないと判断した。

著者はカンパ金着服? 
 著者は、「右翼であり保守だ」と自認していますが(10ページ)、改憲を目指す日本会議と安倍政権の政治姿勢を、本書を通じて厳しく批判しています。
 扶桑社は、産経新聞とは資本関係はないですが、フジ・メディア・ホールディングスの完全子会社ですから、フジサンケイグループに属しています。したがって、保守系の出版社といえます。その扶桑社が、日本会議と安倍政権を批判する本書を出版するのは、やや奇異な感じもします。
 一方、週刊金曜日は、「著者が反レイシズムの広報活動のために集められたカンパ金の一部を着服し、使い込んでいたことが発覚したため、運動からパージされた」と指摘しています(『日本会議の研究』の著者・菅野完氏によるカンパ金着服の経緯が明らかに)。 
 週刊金曜日は左派系メディアですから、著者を応援する立場のはずですが、あえてそのスキャンダルを取り上げるというのも奇異な感じがします。
 いずれにしても、このような話を耳にすると、著者に対して何となく胡散臭いという印象を持ってしまうのは仕方のないことですが、本書はルポルタージュとして優れた作品だと思います。日本会議の影にある3つの組織(日本青年協議会、日本政策研究センター、谷口雅春先生を学ぶ会)が、右派の元学生運動家の人脈(及びそれらを統括する安東巌)によってつながっているという推論は非常に興味深いものです。

日本会議は本当に安倍内閣を支配しているのか 
 本書の小見出しで、「安倍内閣を支配する日本会議の面々」と掲げ、次の表(21ページ)で、第三次安倍内閣の閣僚の84.2%が日本会議国会議員懇談会に参加している事実を指摘しています。

 これを見ると、日本会議が安倍内閣を支配しているかの印象を受けますが、本当にそう言えるのでしょうか。
 自民党の衆議院議員の7割近くが日本会議国会議員懇談会に参加しており、閣僚経験者で参加していないのは石原伸晃議員ぐらいのものです(国会議員いちらんリスト)。つまり、自民党の衆議院議員から大臣を選ぶと、特に意図しなくても、日本会議国会議員懇談会参加者はこれ位の比率になるということです。
 また、日本会議と創価学会―安倍政権を支えるコミュニティ―は次のように述べて、日本会議の資金力や集票力に疑問を示しています。
 よって筆者は、「安倍内閣を支配」「内閣ジャック」「政治支配」「権力の中枢に巣くって政策決定に大きな影響力を持っている」等と評価することは妥当ではない、と考えている。それは、青木理の著作に収録された関係者へのインタビューからも証左することが可能だと思われる。……
 ……稲田朋美(元自民党政調会長・現防衛大臣)からは、外国メディアが「日本最大の右派ロビー団体」「安倍政権を牛耳っている」と報じていることをどう思うか、という質問に対し、「そんなに力のある団体だと感じたことはありません」。「私の政治活動を直接バックアップしていただくとか、見返りに何をしていただくとか、そういう濃密な関係は全然ありません」「たとえばパーティ券を(買ってくれる)だとか、選挙の際に運動してくださるのかといったら、そういうことはまったくありません」という証言を引き出している(同:229)。
 ここから青木は、「日本会議が安倍政権を牛耳っているとか支配しているというよりむしろ、両者が共鳴し、共振しつつ「戦後体制の打破」という共通目標に突き進み、結果として日本会議の存在が巨大化したように見えていると考えたほうが適切なように思える」という評価を下している(同:238)。青木のこの評価はまったく妥当だと思われる。
  
事務方が日本会議を支えている   
 本書や日本会議と創価学会―安倍政権を支えるコミュニティ―、さらにネット情報を参考に、日本会議関連事実の過去の流れをまとめると次のようになります(一応、正確だとは思います)。
1966  長崎大学で、(生長の家信者)安東巌や椛(かば)島有三ら民族派(右派)学生が、左翼学生組織に対抗し、学園正常化運動を始め、その後一定の成果を収める
1970  椛島有三が学生組織を母体に日本青年協議会設立 
1974 「日本を守る会」設立:臨済宗円覚寺派管長、富岡八幡宮宮司、明治神宮宮司、生長の家総裁ら宗教者が中心、村上正邦(生長の家を代表)が事務局の中心メンバー
1977  日本青年協議会(生長の家信者が大半を占める)が「日本を守る会」の事務局に入り、元号法制定運動を推進 
1978 元号法制化実現国民会議が発足
1979 元号法制定:学生運動で培(つちか)ったノウハウを活かし、日本青年協議会が成果を挙げる
1981 「日本を守る国民会議」設立:元号法制化実現国民会議が発展解消、財界・学界・政界・宗教界などの代表・指導者が集結 
1983 (優生保護法を改正しようとしなかった自民党に谷口雅春総裁が絶望?)生長の家が政治運動からの撤退を宣言:現在の谷口雅宣・第三代総裁は、創始者・谷口雅春の政治思想から完全に距離を置いており、安倍政権と日本会議を痛烈に批判している(与党とその候補者を支持しない) 
1984  伊藤哲夫日本政策研究センター設立 
1997 「日本会議」設立:「日本を守る会」と「日本を守る国民会議」が大同団結 
2002 月刊誌「谷口雅春先生を学ぶ」を創刊(発行人中島省治、編集人百地章) 
2015/4 未公表ながら、「日本会議」は会員数約38,000人(正会員の年会費は10,000円)、全国に241の支部と推定される 
 日本会議は、右派の宗教団体の(創価学会に対抗するための?)連合体である「日本を守る会」と、保守的文化人や財界人の集まりである「日本を守る国民会議」が大同団結した組織ですが、参加団体は次の表(34ページ、著者はこの表が模倣されていると、36ページで抗議しています)のように、神社本庁、靖国神社、明治神宮などの神道宗派、延暦寺など伝統的仏教宗派、霊友会、国柱会など日蓮宗派からキリスト教団体まで、種々雑多な組織の寄り合い所帯(まさに呉越同舟)ですから、 統一的な組織活動は容易ではないはずです。
 著者は、次のように(131〜132ページ)述べて、このような寄り合い所帯を極めて優秀な事務方が支えていると、(かなりの悪意を込めて)指摘しています。
 ケント・ギルバートの発言も、百田尚樹の発言も「9条遵守派」や「朝日新聞」という「なんとなくリペラルっぽい」とされるものを揶揄の対象としている。そしてその発言の瞬間にこそ、国歌斉唱のときと同じ、一体感が生まれた。利害関係の大幅に異なる各教団や団体の連帯感を生むものは、この「国歌斉唱」と「リベラル揶揄」しかないのだ。一昔前に掃いて捨てるほどいた、小林よしのりを読んで何かに目覚めた中学生たちと、大差ない。しかしこの実に幼稚な糾合点が、日本会議事務方の手にかかると、見事に「圧力装置」として機能しだす。
 日本会議事務方が行っているのは、「国歌斉唱」と「リベラル揶揄」という極めて幼稚な糾合点を軸に「なんとなく保守っぽい」有象無象の各種教団・各種団体を取りまとめ、「数」として顕在化させ、その「数」を見事にコントロールする管理能力を誇示し、政治に対する圧力に変えていく作業なのだ。
 個々の構成員は高齢でそのくせ考えが幼稚でかつ多種多様かもしれぬが、これを束ねる事務方は、極めて優秀だ。この事務方の優秀さが、自民党の背中を押し改憲の道へ突き進ませているものの正体なのだろう。

本家本元が撤退してしまった  
 本書によると、この事務方=日本青年協議会は、椛島有三が設立した(生長の家信者が大半を占める)組織です。この組織のそもそもの出発点は、1966年に長崎大学で始まった、学園正常化運動にあります。当時の学園紛争は、共産党系の民主青年同盟(民青)や反共産党系の新左翼グループが支配していましたが、(生長の家信者の)安東巌や椛島有三ら民族派(右派)学生が、国立大学では初めて、勝利を収めます。
 安東巌は卒業後、生長の家本部職員に採用されますが、椛島有三は中退したため本部職員になれず(当時、生長の家本部は大卒しか採用しなかったため)、1970年に、学生組織を母体に社会人組織である日本青年協議会を設立します。
 一方、当時の生長の家は、右派(というよりも右翼)の宗教団体として積極的に政治活動を行い自民党議員を支援していました。1974年設立の「日本を守る会」にも参加し、村上正邦(後に「参議院のドン」と呼ばれ影響力を誇るようになる。村上正邦氏に直撃インタビュー!)が生長の家を代表して事務局の中心メンバーとなります。
 日本青年協議会は村上正邦の伝手(つて)で、1977年、「日本を守る会」の事務局に入り、「極めて優秀な事務方」として、「日本を守る会」及びその後身の「日本会議」を支えることになります。椛島有三が率いる日本青年協議会は、ビラ配り、署名活動、集会、講演会など、学生運動で培(つちか)った世論形成のノウハウを活かし、1979年の元号法制定という成果を勝ち取り、以降村上正邦の手駒として活躍することになります。
 ところが、1983年、生長の家は政治運動からの撤退を宣言してしまいます。本書では、その理由について全く触れていませんが、ネット情報によると、(人工中絶禁止という方向での)優生保護法改正をしようとしなかった自民党に谷口雅春総裁が絶望下からだということです。また、政治離れを志向する教団本部の意向があったとする説もあります。
 いずれにしても、本家本元が撤退してしまったことにより、(もともと本部職員でなかった椛島有三はともかく)政治活動に携わってきた本部職員は行き場を失うことになります。
 伊藤哲夫もその一人で、著者は、伊藤がかつて生長の家青年会の中央教育宣伝部長だったと推察し、教団での立ち位置を失ったため、やむなく「日本政策研究センター」を立ち上げたと指摘しています(198〜200ページ)。
 伊藤哲夫は、衛藤晟一(せいいち)(現在は首相補佐官)の紹介で、若き日の安倍晋三と知り合い、有力なブレーンとなり、「安倍政権の生みの親」とさえいわれるようになっています。衛藤晟一は靖国神社参拝をめぐる「こちらが失望」発言で話題となった人で(「われわれの方が失望だ」と米政府を逆批判)、大分大学で右派の学生運動家だった経歴があるようです。

●「第3のライン」に稲田朋美や百地章   
 筆者は、「日本青年協議会」「日本政策研究センター」に続く「第3のライン」として、「谷口雅春先生を学ぶ会」を挙げています。
 生長の家の現在の谷口雅宣・第三代総裁は、創始者・谷口雅春の政治思想から完全に距離を置いており、反原発や護憲を訴え、安倍政権と日本会議を痛烈に批判しています(与党とその候補者を支持しない)。
 「日本青年協議会」や「日本政策研究センター」は、そのような本家本元の路線とは真っ向から対立することになります。そこで、創始者・谷口雅春の教えに帰れと、「第3のライン」=「谷口雅春先生を学ぶ会」を立ち上げるに至ります。著者はこの動きを、「生長の家原理主義」と呼んでいます。 
 「生長の家」創始者・谷口雅春先生を学ぶ会によると、谷口雅春先生を学ぶ会は、「尊師谷口雅春先生の御教えを忠実に学び継承し、広く普及伝達し」、「本流の復活・天皇国日本の実相顕現」を目指す組織だそうです。
 谷口雅春先生を学ぶ会がいつ設立されたかについては明確な説明は見つかりませんが、月刊誌「谷口雅春先生を学ぶ」が2002年に創刊されているので、学ぶ会の設立もそのころではないかと思われます。
 学ぶ会は、東京靖国一日見真会という催しを定期的に開いていますが、その第6回に稲田朋美・現防衛大臣が登壇する様子が本書で紹介されています。そして、その動画がWEB上で公開されており、話題となっています。
 
 また、月刊誌「谷口雅春先生を学ぶ」創刊号の編集人は百地章となっています。百地章といえば、集団的自衛権を合憲とする3人の憲法学者の1人ですが、「生長の家原理主義者」だったわけです。
 本書ではさらに、愛国教育で有名な塚本幼稚園を紹介し、「第3のライン」とのつながりを指摘していますが、この塚本幼稚園を経営していたのが、今話題の森友学園です。
 
安東巌は今どこに? 
 著者は、日本会議の影にある3つの組織(日本青年協議会、日本政策研究センター、谷口雅春先生を学ぶ会)を統括するのは、安東巌だったとし、次のような関係者の証言を紹介しています。
「実際そうですよ、誰も安東巌さんには逆らえない。いまだに、椛島さん伊藤さん百地さん高橋さんは、毎月、安東巌さんの家でミーティングしているはずです。少なくとも、元号が平成に変わる頃までは、毎月、安東さんの家に集まってた。みんな安東さんの前では直立不動でね。安東さんが、運動の指示をいろいろ出すの。で、それぞれが運動の現場に戻ると、『安東さんはこうおっしゃてた』と自分たちの部下に話す。よく訓練されたセクトですよ。まるっきりセクト。笑っちゃうでしよ。でもね、彼らは真剣なの。あの頃のまま、学生運動をやり続けているの」
 しかし、1983年、生長の家は政治運動からの撤退、現在の谷口雅宣・第三代総裁は、創始者・谷口雅春の政治思想から完全に距離を置いており、安倍政権と日本会議を痛烈に批判しています。とするならば、生長の家に留まる限り、安東巌は政治活動はできないはずです。そもそも、安東巌は今どこにいるのでしょうか。
 本書ではそのことに全く触れていませんが、安倍政権を支える生長の家原理主義者たちによると、次のように、一介の教化部長として、現在も生長の家に留まっているそうです。公開の場で政治的な話はしていないようですが、現在でも隠然とした影響力を及ぼしているのでしょうか。 
安東氏は現在もリベラル・エコロジー教団となった生長の家に留まり、一介の教化部長として、自らの難病克服体験に基づく宗教的な講話を行い、信者から圧倒的な支持を受けている。彼は公開の場で政治的な話はしていないようである。もし彼が「明治憲法復元」とかの発言をすれば、現総裁・谷口雅宣氏は彼を罷免し、安東氏は大勢の聴衆に影響力を与える機会を失ってしまうだろう。
                                       (2017/7/12)